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宇都宮地方裁判所 昭和51年(ワ)277号 判決

主文

被告は、原告吉村武夫に対し、金一八二万四、九八二円、同吉村礼子に対し、金一四五万四、九八二円及びこれらに対する昭和五一年八月五日より各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの、その二を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告吉村武夫に対し、金四三六万円、同吉村礼子に対し金四二九万円及びこれらに対する昭和五一年八月五日より各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五一年一月六日午後〇時五〇分頃

(二) 場所 河内郡上三川町大字上三川四二九六番地先道路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(栃五五ろ三四八)

運転者 被告

(四) 被害者 訴外亡吉村一孝(当時三歳)

(五) 事故の態様 本件事故現場付近の道路上に駐車した普通貨物自動車(茨四四八五八。ホロ付二トン車。以下甲自動車という。)の後方から該道路を横断しようとした亡一孝が時速六〇キロメートル以上の速度で進行してきた加害車の右前部に衝突し、約一一メートル四〇センチ位跳ね飛ばされた。

(六) 結果 頸椎骨折、頭蓋骨々折により即死した。

2  責任原因

被告は、本件加害車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条により本件事故によつて訴外亡吉村一孝及び原告らの被つた損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 原告吉村武夫の損害

(1) 葬式費用 金四〇万円

(2) 慰藉料 金三五〇万円

原告吉村武夫は、亡一孝の実父であり、本件事故の発生により甚大な精神的苦痛を受けた。

(3) 亡一孝の逸失利益 金九七六万一、九四〇円

亡一孝は、死亡当時満三歳の男子であるから、本件事故がなければ、少なくとも一八歳から六七歳までの期間は稼働することができたはずである。

しかして、昭和四九年賃金センサスによる男子労働者の平均賃金年額金二〇四万六、七〇〇円を一・一倍して昭和五〇年度の同推定額を金二二五万一、三七〇円とすると、生活費として五〇パーセントを控除しても、年額純益は金一一二万五、六八五円となる。

そして、就労終期六七歳までの年数六四年に対応するホフマン係数二八・三二五から就労始期一八歳までの年数一五年に対応する同係数一〇・九八一を差引いた一七・三四四を前記金額に乗ずると、亡一孝の逸失利益は金一、九五二万三、八八〇円となり、原告吉村武夫は法定相続分に従い二分の一の金九七六万一、九四〇円を相続により取得した。

合計 金一、三六六万一、九四〇円

(二) 原告吉村礼子の損害

(1) 慰藉料 金三五〇万円

原告吉村礼子は亡一孝の実母であり、本件事故の発生により甚大な精神的苦痛を受けた。

(2) 亡一孝の逸失利益

同前 金九七六万一、九四〇円

合計 金一、三二六万一、九四〇円

4  過失相殺

本件事故は、被告が加害車を運転して本件事故現場を通過するに際し、道路幅員が極めて狭い上に道路進行方向右側に甲自動車が停車し、辛うじてすれ違える程度の幅員しか残つていなかつたのに加えて、道路左側にある上三川中学校において、たまたま催物が開かれていて道路横断者が多かつたのであるから右甲自動車とすれ違うに際し、一時停止又は適宜減速徐行するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然、制限速度四〇キロメートルのところを時速六〇キロメートル以上の速度で進行したため、甲自動車の後方から当該道路を横断するため左右の安全を確認しようと体を乗り出した亡一孝に加害車の右前部を衝突させたものであつて、被告の過失は大きいものというべきである。

しかし、他方被害者側にも左方確認に際し一層慎重な配慮が必要だつたことが認められ、その過失割合は被害者二、加害者八を相当とするので、これを斟酌すると被告の賠償額は原告吉村武夫に対し金一、〇九二万九、五五二円、同吉村礼子に対し金一、〇六〇万九、五五二円となる。

5  損益相殺

(一) 原告吉村武夫

同原告は、自賠責保険から、次のとおり合計金六八六万五、〇〇〇円を受領した。

葬儀費用 金二五万円

慰藉料 金一七五万円

亡一孝の逸失利益相続分 金四一一万五、〇〇〇円

亡一孝の慰藉料の相続分 金七五万円

(二) 原告吉村礼子

同原告は、自賠責保険から、次のとおり合計金六六一万五、〇〇〇円を受領した。

慰藉料 金一七五万円

亡一孝の逸失利益の相続分 金四一一万五、〇〇〇円

亡一孝の慰藉料の相続分 金七五万円

(三) 右金員を控除すると、残額金は

原告吉村武夫は金四〇六万四、五五二円

同吉村礼子は金三九九万四、五五二円

となる。

6  弁護士費用

原告吉村武夫につき金三〇万円

7  結論

よつて、被告は、原告吉村武夫に対し金四三六万円(千円以下切捨)、同吉村礼子に対し金四二九万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日たる昭和五一年八月五日より各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の(五)のうち本件加害車の時速は約四五キロメートルである。その余の事実は認める。

2  同第2項のうち、被告が本件加害車の運行供用者であることは認め、その余の主張は争う。

3  同第3項の事実は不知。

亡一孝の逸失利益について、昭和五〇年度の男子労働者の平均賃金を基礎にするのであれば、同人の養育費を控除し、中間利息の控除はライプニツツ方式によるべきである。

4  同第4項の過失相殺の主張について

原告らは、上三川中学校校庭において行われていた子供達のタコ上げを見るため、本件事故現場付近の道路左側に甲自動車を停車させ、原告吉村武夫が長女ひろみと先に下車して右道路を横断し、右学校校庭前のところでタコ上げを見ていた。

原告吉村礼子はひと足遅れて亡一孝とともに右自動車の反対側から下車し、その後部に廻つて道路を横断しようとした。

その際、亡一孝は前記タコ上げに気を奪われていたのか母親である右礼子の手を振り切るように道路に飛び出し、折から時速四五キロメートル位で北進中の本件加害車に衝突したものである。

したがつて、亡一孝は両親の監督支配から全く離脱していたわけではなく、殊に母親たる礼子は直ぐ傍に居りその支配下におかれていたのであるから原告側の過失も大きいものというべきである。

しかも、本件事故現場付近は駐車禁止の指定場所であり、原告らは右禁止に反して違法に甲自動車を駐車したものである。

以上の事情を考慮すると、原告側の過失は五割とみるのが相当である。

5  同第5項の事実のうち、原告らがその主張のとおり自賠責保険金を受領したことは認める。

6  同第6項は争う。

7  同第7項は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第1項の事実中本件加害車の時速の点を除きその余の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

請求原因第2項の事実は当事者間に争いがない。

三  原告側の過失

被告は、被害者たる亡一孝は、当時三歳であるから、両親たる原告らは本件事故現場付近の道路を横断するにあつては左右の安全を確認し、右一孝が漫然道路上に飛び出すことのないように配慮するなど事故の発生を未然に防止すべき監督上の注意義務があるのにこれを怠つた過失並びに本件事故現場付近は駐車禁止指定場所にもかかわらず原告吉村武夫がこれに違反して甲自動車を駐車した過失があると主張するので判断する。

1  本件事故現場の状況

成立に争いのない乙第一号証によれば、本件事故現場は、南河内町方面から上三川町方面に向つてほぼ南北に通ずる幅員五メートル一〇センチの道路上であつて、該道路はアスフアルト舗装された平坦、直線の道路であり見通しは良好であること、事故現場付近は非市街地であつて交通量は少ないが道路の西側に上三川中学校があるため最高時速は四〇キロメートルに制限されていることが認められる。

2  本件事故の発生

前掲乙第一号証、成立に争いのない乙第二ないし第五号証、原告吉村礼子、被告上野長一各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

被告は、事故当日午後〇時三〇分頃自宅より本件加害車を運転して上三川町中央公民館に赴き用務をすませた後、町内で切手等を買い求めるため、同所を出発して南河内町方面から上三川町方面に向つて北進し、本件事故現場付近に差しかかつたものであるが、進路前方道路の右側(東側)に甲自動車が駐車しているのを認め、その車間距離が約六〇メートル位に接近したとき右自動車の左側ドア(道路の東側)付近に女の人(原告吉村礼子)が背を向けて立つているのが認められたこと、また道路の左側(西側)を上三川中学校の校庭に向つて歩いている子供連れの男の人(原告吉村武夫)を認めたこと、しかるに、被告は右原告吉村武夫らの動静に気を奪われ前記甲自動車の後部から人が道路を横断することに対する注意を欠き、本件加害車の時速を四五キロメートル位に減速したのみで漫然右甲自動車の側面を通過しようとして進行したこと、これがため、甲自動車の後部から道路を横断しようとして飛び出した亡一孝を五、六メートル右前方に発見し、急停車の措置をとつたが及ばず加害車の右前照灯付近を亡一孝に衝突させ本件事故を発生させたこと、他方、原告吉村武夫は甲自動車に妻である原告吉村礼子及び長女のひろみ、長男の亡一孝を同乗させてこれを運転し、本件事故現場付近を通りかかつた際、上三川中学校校庭で子供達がタコ上げをしているのを見るため同所に甲自動車を駐車し、右吉村武夫が先に下車して長女ひろみを伴つて道路を西側に横断し、タコ上げの光景を見ていたこと、一歩遅れて亡一孝は母親である原告吉村礼子とともに右自動車の左側のドアから下車し、二人は手を握り合つたままその後方を廻つて道路を横断しようとしたこと、しかし右握り方が不十分であつたため亡一孝が手を振り切るように突然駈け出し道路に飛び出すのを止める暇がなく、本件事故が発生した。

以上の認定に反する証拠はない。

3  過失割合

自動車運転者たるものは比較的幅員の狭い道路上に駐車車両があり、その周辺に人が居ることを現認したときは、しばしば、該駐車車両の前後から人が道路を横断することが予測されるところであるから、これら横断者の動静に注意し、警音器を吹鳴して警告を発しあるいは適宜減速徐行するなど事故の発生を未然に防止すべき義務があるところである。

しかるに、前記認定の事実によれば、被告は、甲自動車の前後から横断する人の居ることを予測し得たにもかかわらず道路の反対側(西側)に居る人の動静に気を奪われ、時速を四五キロメートル位に減速したのみで漫然進行し、横断者に対し警音器を吹鳴して警告を発しあるいは適宜徐行するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失が認められる。

ところで、歩行者は原則として車両の直前で道路を横断してはならないところであり(道路交通法第一三条)また横断にあたつては左右の安全を確認して事故の発生を未然に防止すべき義務があるところである。

しかるに、前記認定の事実によれば、亡一孝は事故当時事理弁識能力を有しない満三歳の幼児に過ぎなかつたから、道路を横断するにあたつては親権者たる原告らにおいて具体的な指示をなしあるいは現実に手を引いて横断するなど亡一孝の安全を確保する義務があつたところである。

したがつて、本件事故の発生につき原告らの側にも、亡一孝の安全確保を怠つた監督上の過失が認められる。

また、前記認定のとおり、本件事故現場付近は駐車を禁止されている道路であつて、原告吉村武夫はこれに違反して違法に駐車した過失が認められ、右違法駐車も本件事故の発生と相当の因果関係があつたものと認められる。

よつて、本件事故の過失割合は、原告側において二、被告において八と認めるのが相当である。

四  損害

1  原告吉村武夫の積極損害

葬式費用

原告吉村礼子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡一孝の葬儀費用は父である原告吉村武夫が負担したものと認められ、亡一孝の年齢その他諸般の事情を認めると右金額は金四〇万円の限度で本件事故と相当因果関係あるものと認めるのが相当である。

2  亡一孝の逸失利益

成立に争いのない甲第一号証によれば、亡一孝は昭和四七年一一月二一日生の男子であつて、本件事故当時満三歳に達していたことが認められる。

しからば、亡一孝は本件事故がなければ少なくとも満一八歳より満六七歳に達するまでの間稼働し得たはずである。

しかして、賃金センサス昭和五〇年産業計、企業規模計の男子労働者の年齢計平均給与額が年額金二〇五万三、八〇〇円であることは当裁判所に顕著なところである。

そして、亡一孝が三歳の男子であることを考慮し、その生活費は控え目にみても五割、養育費は一八歳まで年額金二四万円と認めるのが相当である。

そうすると、同訴外人の逸失利益は、次のとおり金一、五一七万四、九五六円となること算数上明らかである。

205万3,800年収×(1-0.5)生活費控除×17.3438新ホフマン係数=1.781万0,348

24万円養育費×10.9808新ホフマン係数=263万5,392

1,781万0,348円-263万5,392円=1,517万4,956円

3  原告らの相続

原告らが亡一孝の両親であることは前記認定のとおりであるから、同原告らは右一孝の損害賠償請求権を相続分に応じて次のとおり相続したものと認められる。

原告ら相続分 金七五八万七、四七八円

4  以上、原告らには、前記のとおり本件事故について過失があるので、原告らが被告に対し請求し得る損害は、二割を減じたそれぞれ、次の金額である。

(1)  原告吉村武夫につき金六三八万九、九八二円

(2)  原告吉村礼子につき金六〇六万九、九八二円

5  原告らの慰藉料

原告らは、本件事故によつて実子である亡一孝を失いそれぞれ甚大な精神的苦痛を受けたが、本件事故の態様、原告側の過失その他一切の事情を考慮してこれを慰藉するには各金二〇〇万円をもつてするのが相当と認める。

6  自賠責控除

自賠責保険から、原告吉村武夫が葬儀費用を含めて合計金六八六万五、〇〇〇円を、原告吉村礼子が合計金六六一万五、〇〇〇円を受領したことは右原告らの自認するところである。

右金員を控除すると残額は、

原告吉村武夫につき金一五二万四、九八二円

原告吉村礼子につき金一四五万四、九八二円

となる。

7  弁護士費用

原告らが本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり、弁論の全趣旨によれば、右費用は原告吉村武夫が負担するものと推認される。

よつて、被告の抗争の程度、前記損害認容額、証拠蒐集の難易、原告側の過失等諸般の事情を考慮すると、金三〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害として被告に負担させるのが相当である。

五  結論

しからば、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告吉村武夫につき金一八二万四、九八二円、同吉村礼子につき金一四五万四、九八二円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日たること記録上明白な昭和五一年八月五日より各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金のそれぞれ支払を求める限度において正当として認容し、その余の部分は失当であるから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新海順次)

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